龐統が耒陽県の令を怠った理由 鳳雛を劉備が試した三つの真意
建安十四年の冬のことでした。荊州は、まだ戦の匂いを残しておりました。赤壁の炎は消えました。しかし人の心は、まだ燃えておりました。
その年の暮れ、一人の男が劉備の陣を訪ねてまいりました。名を龐統。字を士元。荊州襄陽の名門の出でございます。二十歳のとき、司馬徽と昼夜を問わず語り合った男。司馬徽が「南州の士人の中で彼に及ぶ者はいない」と評した男でございます。諸葛亮が臥龍なら、この男は鳳雛。まだ飛べない鳳凰でございました。
劉備は彼を迎えました。しかし与えた官は、耒陽県の令。荊州南部の小さな県でございます。人口も少ない。政務も軽い。誰の目にも冷遇でありました。
龐統はその県に赴きました。そして、政務を執りませんでした。
酒を飲み、日を過ごしました。書簡は溜まり、裁きは滞りました。県の吏は困り、訴えは劉備の元へ届きました。劉備は怒り、免職を命じました。
なぜ劉備は天才に小さな県を与えたのか。そして龐統は、なぜそれをあっさりと捨てたのか。
この問いを正面から扱った記事は、ほとんどございません。鳳の生涯、諸葛亮との比較、落鳳坡の死。どの記事も、この謎を飛ばしております。ここから始めましょう。
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一、耒陽の酒
耒陽県の役所は、しんと静まりかえっておりました。机の上には、裁かれぬ書簡が山と積まれております。その前で龐統は、酒を飲んでおりました。
「殿、また訴えが」
吏がおずおずと言います。龐統は振り向きもしません。
「置いておけ」
「しかし殿」
「置いておけと言っている」
吏は黙って書簡を置きました。龐統は盃を傾けます。窓の外では雨が降っておりました。
その報せはやがて、荊州の劉備の元へ届きました。
「龐統が政務を怠っていると」
劉備は眉をひそめました。諸葛亮が隣で静かに言います。
「主公、あの方をそのままになさいますか」
劉備は答えませんでした。ただ窓の外を見ておりました。
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二、なぜ、劉備は怒ったのか
劉備の怒りは、本物でございました。しかしその怒りの下には、別の感情がありました。
龐統は天才でございます。それは劉備も知っておりました。司馬徽の評価も、魯粛の推薦も、聞いておりました。しかし天才が、小さな県で、酒を飲んでいる。劉備は、それが許せませんでした。
許せない、というのは怒りではございません。期待でございます。
劉備は試したのです。龐統が耒陽でどう動くか。小さな仕事をどう扱うか。それを見たかった。しかし龐統は動きませんでした。酒を飲みました。
「なぜだ」
劉備は一人、呟きました。誰にも聞こえない声で。
ここで、少し、現代の話をさせてください。あなたの職場にも、こういう人はおりませんか。能力は高いのに、今の部署では輝けない人。その人を、正しい場所に置く。それだけで、組織は変わります。劉備は、それをこの時点で見抜いていたのです。
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三、魯粛の手紙
そのころ魯粛は、江陵にいました。龐統の免職の報せを聞いて、筆を取りました。
「龐士元は百里の才にあらず。治中、別駕の任に当たるべき人物なり」
短い手紙でございました。しかし重かった。魯粛は龐統を知っておりました。かつて周瑜の葬儀で龐統と語り合ったのです。そのとき龐統はこう言いました。
「あなたは私を評価しすぎる」
魯粛は笑いました。
「評価しすぎることはない」
その手紙が劉備の元に届きます。諸葛亮も同じことを言いました。
「士元はただの県令ではありません」
劉備はそれを聞いておりました。そして龐統を呼びました。
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四、劉備と龐統の対面
龐統は荊州に戻ってきました。酒の匂いをまだまとっておりました。
劉備は彼を座らせました。そして問うたのです。
「なぜ政務を執らなかった」
龐統は答えませんでした。しばらく沈黙がありました。やがて龐統は口を開きました。
「私は県の令を務めるために生まれたのではありません」
劉備は目を細めました。
「では何のために」
龐統は劉備をまっすぐに見ました。
「天下を取るために」
その言葉を劉備はどう受け取ったか。史書は記録しておりません。しかし劉備は龐統を治中従事に任じました。それは答えでございました。
ここで、あなたに問いかけたいのです。あなたの会社に、こういう部下がいたら、どうしますか。小さな仕事を放り出して、「自分はもっと上で働くべきだ」と言う。叱りますか。それとも、本当に上に置きますか。劉備は、後者を選びました。龐統の中身を見て、判断したのです。これは、胆力でございます。
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五、宴会の夜と、媚びない男
それから、しばらくして。劉備は、益州の劉璋を招いて、宴会を開きました。
酒が進みます。音楽が流れます。劉備は上機嫌でした。しかし龐統は黙っておりました。
やがて龐統は劉備に言いました。
「今日の宴は、楽しむべきではありません」
劉備の顔が変わりました。
「何を言うか」
龐統は退出しました。劉備は怒りました。しかしすぐに後悔しました。龐統を呼び戻しました。
龐統は席に戻りました。何事もなかったように、食事を続けました。
劉備が問いました。
「先ほどの言葉は、誰の過ちか」
龐統は答えました。
「君臣ともに、過ちを犯しました」
劉備は大笑いしました。その笑いには、怒りも、照れも、信頼も、混じっておりました。
この逸話は正史にございます。演義の脚色ではありません。龐統は劉備に媚びませんでした。劉備はそれを受け入れました。この関係が、益州攻略の鍵になりました。現代のリーダーシップ論でも同じです。部下が直言する。上司がそれを受け入れる。この関係が組織を強くします。劉備と龐統は、その典型でございます。
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六、益州攻略と上中下の三計
建安十六年、劉備は益州を取ろうとしました。龐統は三つの計を献じます。
上計は、精兵を選んで成都を急襲する。
中計は、劉璋の武将を捕らえてから進む。
下計は、荊州に戻って態勢を立て直す。
劉備は中計を選びました。この判断が益州攻略の鍵となりました。
この三計の思考法は、現代のビジネスにも通じます。上計はハイリスク・ハイリターン。下計はローリスク・ローリターン。中計はその中間。あなたも、何かを決めるとき、この三つの選択肢を並べてみてください。劉備は、あえて中間を選びました。それは、勇気ではなく、計算でございました。
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七、落鳳坡 鳳雛の最期
建安十九年、劉備軍は雒城を攻めておりました。龐統は、前線に立ちました。
その道は、細く険しかった。両側は崖でした。地名を落鳳坡と言います。
龐統は進みました。そのとき矢が飛びました。龐統は馬から落ちました。
享年、三十六。鳳雛はまだ飛べぬまま、地に落ちたのでございます。
諸葛亮はその報せを聞いて、泣きました。劉備は言葉を失いました。
落鳳坡という地名が、すでに彼の死を、予告していたかのようでした。
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八、三つの真意 まとめ
ここまでを、まとめましょう。劉備が龐統を試した三つの真意でございます。
一つ目は、配置の適性を見るため。
小さな県で、その人がどう動くか。それで適性が分かります。県令の仕事が合わないなら、別の場所がある。劉備はそれを見たかったのです。
二つ目は、心のあり方を見るため。
酒を飲んで怠けるのか。それとも、別の何かを考えているのか。人間の中身が見えます。龐統は、酒を飲みながらも、何も諦めておりませんでした。ただ、待っていたのです。呼ばれるのを。
三つ目は、直言できるかを見るため。
宴会の夜、龐統は劉備に直言しました。劉備は、それを求めていたのです。媚びる者より直言する者を、劉備は欲しておりました。組織が大きくなると、直言する者がいなくなります。劉備はそれを恐れていたのです。
龐統は、三つとも見事に応えました。だから劉備は、彼を治中従事に任じました。そして、益州攻略の軍師としたのです。
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九、あなたの組織に、鳳雛はいるか
最後にあなたに、問いかけます。
あなたの職場に、鳳雛はいますか。
能力は高いのに、今の場所では輝いていない人。酒を飲んでいるように、見える人。でも本当は、別の何かを待っている人。
もしいるなら。その人を一度、座らせて、話を聞いてみてください。劉備が龐統に、したように。
「なぜ、動かなかった」
その一言で、人は変わります。龐統は、変わりました。そして、天下を取るための軍師になりました。
劉備は、龐統を見捨てなかった。それが、蜀漢の始まりでございました。
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おわりに
龐統、字は士元。鳳雛と、呼ばれました。三十六歳で、落鳳坡に、散りました。彼の生涯は、短くそして、濃いものでございました。
しかし、彼が耒陽で、酒を飲んでいた日々。あれは、無駄ではありませんでした。あの日々が、劉備との対面を、生みました。そして、益州攻略の三計を生みました。
怠けることと待つことは、違います。龐統は、待っていたのです。自分の場所を。
あなたももし、今自分の場所が、分からないなら。それは、怠けではありません。待っているのです。あなたの劉備を。


