赤壁の戦い
曹操が負けた本当の理由~風を読んだ男と読めなかった男
赤壁の戦いと聞いて、何を思い浮かべますか。
船が燃える。炎が川を覆う。曹操が逃げる。それだけでしょうか。
赤壁は、戦いでした。建安十三年、冬。長江の畔で、曹操と、孫権・劉備の連合軍が、ぶつかりました。曹操の軍は、二十万とも、八十万とも言われます。連合軍は、五万。数は曹操が上でした。
だが勝ったのは、連合軍でした。
なぜ、数で勝る曹操が負けたのか。そこには、風が関わっています。風を読んだ男と、読めなかった男の差です。
この記事では、赤壁の戦いをたどります。曹操の南下。連合の成立。鉄鎖の陣。そして、東南の風。その一つ一つを会話で進めます。
赤壁は、三国志の物語です。だがそれだけではありません。風を読むとは何か。数とは何か。勝ちとは何か。これは、今を生きる私たちの問いです。
それでは始めます。
⇒こうがい三国志!黄蓋の策赤壁の戦い、苦肉の計周瑜、程普能力も解説
曹操、南下す
建安十三年、秋。曹操は、荊州を取っていました。劉表が死に、劉琮が降りました。劉備は、逃げました。
曹操は、江陵に入りました。そして、思いました。孫権を討つ、と。
「八十万の軍を、長江に出す」
側近が言いました。
「丞相、水軍は不慣れです」
曹操は、笑いました。
「数があれば、慣れは要らぬ」
この一言が、後の敗因になります。曹操は、数を信じました。だが長江は、数を呑みます。
⇒三国志りゅうひょう!劉表劉備関係、蒯越、荊州配下、妻、孫堅も解説
劉備、逃げる
劉備は、当陽を逃げていました。民を連れて、逃げていました。だから遅かった。
「殿、民を捨てては」
劉備は、首を振りました。
「民を捨てて、何の主か」
劉備は、遅く逃げました。だがその遅さが、後に人を集めます。仁は遅い。だが遅い仁が、最後に残ります。
孔明、孫権を説く
劉備は、夏口に、着きました。そして、孔明を孫権のもとへ送りました。
孔明は、孫権の前に立ちました。
「曹操は、百万の兵を率いています」
孫権は、眉をひそめました。
「ならば、降るか」
孔明は、笑いました。
「降るなら、今です。戦うなら今です。曹操の兵は、北の者です。水に慣れていません。船に酔います。数は、強みではありません」
孫権は、黙りました。そして、魯粛を見ました。魯粛はうなずきました。
「戦いましょう」
周瑜が、言いました。
「私に、任せてください」
⇒魯粛三国志!経済能力、有能、性格、周瑜後継者、諸葛亮、名言も解説
周瑜、風を読む
周瑜は、都督でした。三十六歳。若い。だが、長江を知っていました。
周瑜は、部将を集めました。
「曹操の船は、鎖でつながっています」
黄蓋が、言いました。
「ならば、火です」
周瑜は、うなずきました。
「だが火は、風が要る。北西の風では、我らの船が燃える」
この言葉が、赤壁の核心です。火攻めは、風次第です。風がなければ、火は、自分に返ります。
周瑜は、天を見ました。
「東南の風を、待つ」
⇒しゅうゆ三国志!軍師周瑜赤壁の戦い、妻小喬、荊州、ろしゅくも解説
鉄鎖の陣
曹操の陣営では、船が揺れていました。北の兵は、船に酔いました。
「丞相、船を鎖でつなぎましょう。揺れが減ります」
曹操は、うなずきました。
「よし」
船は、鎖でつながれました。揺れは、消えました。兵は喜びました。だがそれは、棺を作る作業でした。
船がつながれば、動けません。動けなければ、火から逃げられません。曹操は、揺れを消しました。だが、逃げ道も消しました。
東南の風
十一月、二十日。夜。周瑜は、天を見ていました。
「風は」
黄蓋が、答えました。
「まだです」
夜が、更けました。すると、風が変わりました。
「風が、変わった」
周瑜は、立ち上がりました。
「東南の風だ。今だ」
黄蓋の船が、出ました。十艘。薪を積み、油をかけてあります。偽の降伏の旗を上げています。
曹操の陣営では、兵が喜んでいました。
「黄蓋が、降るぞ」
だが、船は近づき、そして、火を放ちました。
風が、火を運びました。東南の風です。火は、曹操の船に飛びました。船は、鎖でつながっています。一本燃えれば、全部燃えます。
炎は、長江を覆いました。曹操の船は、次々と燃えました。兵は、水に飛び込みました。北の兵は泳げません。水が呑みました。
曹操は、逃げました。華容道を逃げました。泥に、足を取られながら、逃げました。
周瑜は、天を見ました。
「風が、勝たせた」
⇒曹操の最後!死因すごさ、天才最期、息子劉備、関羽首、三国志も解説
風を読むとは
赤壁の勝因は、何か。
数ではありません。曹操の方が、多かった。兵の質でもありません。曹操の兵は、強かった。勝因は風です。東南の風です。
だが風は、誰にでも吹きます。曹操にも、吹きました。周瑜は、風を読みました。曹操は、読みませんでした。差はここです。
風を読むとは、何か。それは、見えないものを見ること。数えないものを数えること。周瑜は、天を見ました。曹操は、数だけを見ました。
これが、赤壁の教えです。見えるものは、裏切ります。八十万の軍は、見えました。だが、東南の風は見えませんでした。見えない風が、八十万を焼きました。
⇒周瑜と諸葛亮関係比較!孔明手紙、遺書死因、赤壁成語、司馬懿も解説
数とは何か
曹操は、数を信じました。
「数があれば、慣れは要らぬ」
この言葉は強い。だが危うい。数は、条件を選びます。平地なら、数は勝ちます。だが長江は、平地ではありません。水は、数を無効にします。
数は、万能ではありません。数が効く場所と、効かない場所があります。曹操は、その区別をしませんでした。
これは、今も同じです。人が多い。金がある。設備がある。だが、場所が違えば、それらは無効になります。数を数える前に、場所を見なければなりません。
⇒速度の風・持続の林・集中の火・安心の山~隠密の陰・実行の雷:孫子
勝ちとは何か
赤壁の勝ちは、誰の勝ちか。
周瑜の勝ちです。だが周瑜は、若くして死にます。三十六歳で病死します。勝った周瑜は、長く生きませんでした。
劉備の勝ちです。だが劉備はこの後、荊州を借り、蜀を取り、そして夷陵で大敗します。赤壁の勝ちは、劉備の最後の勝ちではありませんでした。
曹操の負けです。だが曹操はこの後、魏を建て、北方を治めます。赤壁の負けは、曹操の終わりではありませんでした。
勝ちは、一つの戦いで、決まりません。赤壁の勝ちは、赤壁の勝ちです。それ以上ではありません。勝ちを過大に見れば、次の負けを招きます。
⇒三国志夷陵の戦い!劉備敗因、勝っていたら、張飛、諸葛亮孔明も解説
赤壁のその後
赤壁の後、三国の形が見えてきます。
曹操は、北方に帰りました。そして、魏を建てます。孫権は、江東を固めます。劉備は、荊州を取り、蜀を取ります。三つが並びます。三国です。
赤壁は、三国の始まりです。だが、赤壁は始まりにすぎません。赤壁の後、それぞれが、それぞれの道を歩きます。周瑜は死にます。魯粛は死にます。曹操は死にます。劉備は死にます。
赤壁の英雄は、みな死にます。だが、赤壁は残ります。物語として残ります。赤壁は、戦いを超えました。詩になりました。蘇軾の赤壁賦に、なりました。京劇になりました。映画になりました。
赤壁は、今もあります。長江の畔に。そして、人の心に。
⇒天下三分の計!意味わかりやすく、失敗愚策、三国志故事成語も解説
風を読むあなたへ
赤壁の教えは、三つあります。
一つ、見えないものを見る。周瑜は、風を読みました。風は見えません。だが読めます。見えるものだけを信じれば、負けます。
二つ、場所を見る。曹操は、数を信じました。だが、場所を見ませんでした。長江は、平地ではありません。場所が違えば、数は効きません。
三つ、勝ちを、過大に見ない。赤壁は、一つの勝ちです。それ以上では、ありません。勝ちを、過大に見れば、次の負けを招きます。
この三つは、赤壁だけの話ではありません。あなたの、今日の話でもあります。
見えないものを見ていますか。場所を見ていますか。勝ちを、過大に見ていませんか。
赤壁は、遠い昔の話です。だが、風は今も吹いています。あなたの東南の風は、どこから吹きますか。
⇒赤壁の戦いとは!あらすじわかりやすく、周瑜勝因、疫病、孔明も解説
おわりに
赤壁の戦いを、たどりました。
曹操の南下。劉備の逃亡。孔明の説得。周瑜の風読み。鉄鎖の陣。東南の風。そして炎。
赤壁は、数が負けた戦いです。だが、それだけではありません。風を読んだ戦いです。見えないものを見た戦いです。
曹操は、数えました。周瑜は、読みました。数えることと読むことは、違います。数えることは、見えるものを積みます。読むことは、見えないものを待ちます。
周瑜は、待ちました。東南の風を。そして、風は来ました。
あなたも、待てますか。あなたの風を。


